【日本のファンク】おすすめ3曲

ファンクを取り入れた日本の音楽を紹介します。

あまり名前を聞く事の多くないジャンルですが、その要素を取り入れた楽曲は日本にもたくさんあります。今回は、その中でもおすすめの3曲を挙げます。

 

1.彼氏になって優しくなって ー岡村靖幸

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力強いドラムとベース、軽快にリズムをとるギターが、力強く体を揺さぶるようなグルーヴ感を作り、最高に気持ちのよい曲です。 癖の強い歌い方でパワフルに歌うBメロですが、そこからサビに移るとメロディーは音程低めで、よりリズムを意識したものになります。ここが力強いドラムと気持ちよく重なり、さらにノリの良いグルーヴ感が生まれています。

岡村靖幸の癖のある歌い方と低音で力強いドラムは、本当に相性が良い。

 

  

2.FUNKがしたいんだ どしても ー堂本剛

https://244history.wixsite.com/244history/panties

KinKi Kids堂本剛のソロの作品です。この曲はファンクの中でも、主に1970年台に活動したパーラメントというバンドが作り上げた「Pファンク」というジャンルの要素を取り入れた曲です。

軽快なシンセサイザー、カッティングで軽やかにリズムを刻むギター、ワウの掛かった低くうねるベース、リズミックなピアノなどのそれぞれの楽器のフレーズが、怪しい雰囲気と気持ちの良いグルーヴ感を生み出しています。 これだけ同じフレーズを繰り返しても飽きずに聞けるのは、非常にノリの良いグルーヴ感と堂本剛の表現力豊かな歌唱力のおかげでしょう。

  

 

3.FUNKY ウーロン茶 ーSUPER BUTTER DOG

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なんともシンプルな歌詞ですが、このシンプルさがこの曲のファンキーな楽しさをより強調しています。イントロやサビのギターのカッティングが気持ちよく、思わず体が反応してしまうようなノリの良いリズム感を作っている曲です。

「喉が乾いたら 流しこむだけ」と繰り返すAメロは楽器の音は少なめに、抑えめに作られていますが、それがまたサビ部分をよりいっそう盛り上げます。後半のギターソロも、カッティングの上に重ねられていて、グルーヴ感を損なわずに非常にかっこいいです。

 

りんご狩り

りんご狩りに行った。

好きなりんごを自分で選んで取れるのだが、農園にあった品種は秋映、秋茜、シナノスイート、紅玉の4つ。とる前に試食をしたけど、個人的にはシナノスイートと秋映が美味しかった。シナノスイートは甘くてみずみずしくてちょっと梨に近い感じ。秋映はもうちょっと酸味がある。これも美味しい。

鮮やかに綺麗に撮れた。

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 りんごの木のすぐ近くに紫の花がたくさん咲いていて、 ラベンダーだと思って「ラベンダー、ラベンダー」言いながら撮っていたが、帰ってからコスモスだったと知る。花の名前は全然わからないな。花の図鑑とかを見ていくつかの種類でも覚えたら、外を歩くときちょっと楽しくなるかもしれない。

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図鑑といえば虫の図鑑とか魚の図鑑とかも興味がある。図鑑眺めるのって楽しそうだよね。

 

そういえばトンボもいた。今年初めて見たかもしれない。

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撮ったけどちょっと失敗。手前の羽にもピントを合わせたかった。もう少し絞ったほうがよかったのかな。

生き物を撮るのは楽しいけど難しい。

 

flickr使い始めました。まだ使い方がよくわからず、格闘中です。

テニスのサーカス

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最近、テニスを全然していないからか、テニスというスポーツが不思議に思えてきた。

ラケットでボールを打ち合うことは、テニスをしているときは簡単なことに思える。しかし長期間のブランクが空くと、これが不思議に感じられてくるのだ。自分は今まで無意識ですごいことをしてたんじゃないかと気づく。

ラケットでボールを打ち合うことってできるものなのか。あんなに小さなラケットでこれまたあんなに小さなボールを、どこかに飛ばしてしまうことなく二人で打ち合う。さらにあんなに広いコートで、ボール一つを走って追いかけてラリーを続けるのだ。
妙技、といった感じに見える。
不思議に見えてしょうがない。もはや一種の芸のようだ。
サーカスでやっていてもおかしくはないんじゃないだろうか。

サーカスの幕が上がり、まずはジャグリング、ライオンの火の輪くぐり、空中ブランコときて、その次がラケットで小さなボールを打ち合うテニスという名の芸だ。
小さなボールをよくもまあ続けて打ちあえるものだと、誰もが驚く。拍手喝采。
ボールを一回打つたびに観客がどよめく。
もし相手のスマッシュを拾ったりでもしたら、スタンディングオベーションだ。

そんな想像をしてしまう。

しかし、本当にテニスというスポーツを見たことがない人が見たら、テニスはそのくらい不思議に見えるんじゃないか。

そのくらい卓越した技を、僕は今までのテニスの練習で、身につけてきたのだ。

僕もサーカスに出れるかもしれない。
観客はテニスを見たことがない人限定だ。
でもしばらくテニスしてないから、その前に練習期間がいる。

 

 

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テストが終わり春休みになって「なんでもやってみたい欲」が強くなっている

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僕はテスト前になると、精神的に追い詰められてしまうタイプだ。「勉強をしないと」という気持ちがずっと頭にある。だから勉強以外のことが手につかない。

 

こう書くと朝から晩まで、1日10時間とか勉強してると思われるかもしれないが、そうではない。実際は、テスト前で1日予定が入っていなかったとしても、勉強に費やす時間は1日30分から1時間程度である。

つまりどういうことか。テスト前の僕は、ほとんど勉強をしないくせにやたらと意識だけは高い人間なのだ。テレビをみて、スマホをいじり、パソコンを眺めていると一日が終わっている。その間、ずっと「勉強しなきゃ」が頭の3割から4割を占めている。

さっき、勉強以外のことが手につかない、と書いたが、要は何も手につかないのである。勉強も、それ以外も、何も手につかないからテレビ、スマホ、パソコンをぼんやり見ているのである。しかも当然テスト勉強は進まないので、時間がたちテストが近づいてくるとより深刻な「勉強しなきゃ」に襲われることになる。しかしそうなってもやはり体は机に向かわず、ベッドに横になってYouTubeを見ている。

 

今年の1月末のテスト期間もそんな感じだった。そして勉強していないので解けない問題ばかりのテストが終わり暇な春休みが始まって今に続くわけだが、最近自分の好奇心が強くなっていることを自覚する。テスト期間にやりたいことが何もできなかった分の反動が来ているのかもしれない。

何かを見たり聞いたりすると、すぐにそれをやってみたくなるのだ。この前はヒカキンがレゴで遊ぶ動画を見てレゴをやりたくなった。「3月のライオン」を読んで将棋をやりたくなった。スマホのカメラで取った写真と一眼レフカメラでとった写真の比較というのを見て一眼レフカメラが欲しくなった。熱帯魚も飼いたい。

将棋は実際に本で勉強をし始めた。今一番始めたいのはカメラだ。一眼レフを持って散歩しながら写真を撮ってみたい。動物園に行ってライオンとか象とかの写真を撮りたい。

 

熱しやすく冷めやすい僕だから、もしかしたら長続きせずやめてしまうかもしれないけど、今すごくやってみたいのでやってみようと思う。

 

 

切手に水をつけるあれ

僕はもともと頭の回転が速いほうではないと思っていたが、春休みに入って授業を受けなくなってから、さらに頭が鈍くなってきたように思う。

 

アルバイト先でこんなことがあった。僕は、切手に水をつける「スポンジパッド」(今名前調べました。)を使って切手を貼っていた。そして自分の作業がひと段落したときにそれをほかのバイトの人に貸したのだが、その人がそれを使い終わった時に「これまだ使いますか。」と聞いてきた。僕がまだそれを使うか、それとも使わないならもう戻してしまっていいか、という意味である。

このアルバイト先ではよくあるセリフなのだが、僕は言われて2秒くらい何を言われているかわからなかった。その2秒間無言である。こんな時に自分の頭の回転の遅さを実感する。なんとかならないものだろうか。

 

しかしあの切手に水つけるあれ、調べたら「スポンジパッド」と出てきたが、スポンジパッドと画像検索しても水をつけるあれはほとんど出てこない。あれは本当はなんていうものなんだろう。僕のアルバイト先でもみんななんて呼んでいいかわからないようで、僕も含め「あれ」とか「これ」とか、そのまま「切手に水つけるやつ」とか呼んでいる。なんとも不便である。

 

いっそシンプルに「スポンジ」と呼ぶのはどうだろうか。いやしかし事務所の中でならいいが、ほかの場所でとなると「スポンジ」ではどのスポンジのことだかわからない。切手を貼りたくて「スポンジ貸して」と言っても、食器洗い用のスポンジを渡されるかもしれない。これではスポンジについている油が切手について切手がはがれてしまうではないか。「スポンジ」は一般的な呼び方としてはダメだ。

それにあれはただのスポンジではない。水を含んだスポンジなのだ。そうなると「濡れスポンジ」か。なんかスマートじゃないなあ。というかなんか気持ち悪い。カビ生えてそう。雨の日の駐車場に落ちてそう。この呼び方も却下。

 

誰か「切手に水をつけるあれ」に名前つけてください。 

 

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コウメ太夫の「まいにちチクショー」を真似してみたい。

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コウメ太夫が毎日ツイートしている「まいにちチクショー」が好きだ。

 

冷静に考えると「・・・」となるようなネタかもしれないが、僕は好きだ。ツイッターのコメントでさんざん「つまらない」とか「嘘をつくな」とか言われているけど、なんかおもしろい笑

 

こんなのもある。

 

おもしろい笑

 

 

これなんかひどい。

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てんとう虫にしみじみしたかと思えばその日のうちにこのチクショーである。

しかも焼き芋かと思ったらラグビーボール。なんだそれ笑「なんと」とか言ってしまっているのもなんか笑える。

てんとう虫にしみじみした後、ラグビーボールに噛み付いて、「あれ、焼き芋じゃない。チクショー!!」とか言っているのである。頭がおかしい笑

 

一体どんな顔でこれをツイッターに打ち込んでいるのだろう。思わず想像してしまう笑 意外と淡々とした顔で打ち込んでそうである笑

 

 

ところで、こういうネタは面白いけど自分にも思いつけそうだと思ってしまう。

ということで真似してみたい。

 

 

 

 

・・・うーん。

以外に思いつかない。

 

 

うーん。

1個だけ思いつきました。

 

 

タクシーに乗っているかと思ったら~、

 

パトカーに乗ってました~。

 

チクショー!!

 

 

・・・やっぱり難しい。意外に「まいにちチクショー」は経験と技術に支えられたものなのかもしれない。

 

 

後で思いついたら追記するかもしれません。

 

 

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【感想】 星野源 『そして生活はつづく』

『働く男』に続いて。

この『そして生活はつづく』は『働く男』よりも前の本で、星野源初のエッセイ本らしい。文芸PR誌『ウフ.』に連載していたもの。

 

 このエッセイのテーマは普通の生活を面白がること。

 

  人は生まれてから死ぬまでずっと生活の中にいる。赤ちゃんとして生まれてから、やがて年老いて死ぬまで生活から逃れることはできない。誰だってそうだ。

 一見華やかな世界にいるように見える芸能人や、一見ものすごく暗い世界にいるように思える犯罪者だって、当たり前に生活をしている。

 

華やかに見える芸能人だって淡々とした生活の中にいる。これは読者がまさに星野源に対して感じることだ。この本では、華やかに見える彼の淡々とした生活を見ることができる。「星野源って逃げ恥の中でガッキーとハグして、音楽番組で歌って踊っているけど、日常はこんななのかー」みたいな感じで。

 

また、読んでみると普通の生活を最大限に面白くとらえようとしているのがよくわかる当たり前の生活だが、自分の妄想を膨らませたり過去の思い出と絡めたりしていてどれも面白い。特に箸選びのところなどは妄想が止まらない。これが面白い。

 

僕ももっと生活を面白がりたい。生活をネタにこんなエッセイを書いてみたい。でもこれは簡単ではないらしい。現に星野源もこの連載の原稿を書くのに結構苦労している。ある記事については書くのに60時間もかかったらしい。

 

「生活を面白がる」というのは簡単なことではない。日常はただの日常でしかない。それを面白がるのに必要なのは、生活の中にある面白さを見つけることではなく、生活の中に面白さを作ることなのだ。生活を見つめる自分の思考が加わって初めて面白いものになるんだと思う。だから彼も妄想や昔の話を絡めている。そのまま書いても面白くないから。

 

 

そういえば『働く男』でもこれでも、おなかが弱いことが書かれていた。

僕もおなかが強いほうではないので、おなかが弱いというのは何となくすごく親近感がわく。 なんでだろう。おなかが弱いって何となく情けない感じがあるからか。情けない部分で自分と共通点があるというのは親近感を生み出すのかもしれない。

 

そして生活はつづく (文春文庫)

そして生活はつづく (文春文庫)

 

 

 

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